| 子役 |
主役より輝く子役スター
アカデミー賞で助演女優賞を取ったのは3人だけ・・・・。 一人目は、第35回「奇跡の人で」(62)でヘレン・ケラーの少女時代を熱演した「パティ・デューク」16歳が最年少で受賞した。
2人目は、それから11年後・第46回「ペーパー・ムーン」(73)で「テイタム・オニール」10歳が助演女優賞を獲得した。最年少記録10歳はその後も破られていない。
本当の父でもあるライアン・オニールと競演、親子の心の交流を見事な演技で受賞した。
3人目は、第66回「ピアノ・レッスン」(93)で「アンナ・パキン」11歳が助演女優賞を獲得した。 ヒロインの娘に扮して、幼いながらも彼女の手足となって心を代弁する好演が印象的である。
特別賞の4人も見逃せない。 当時は、子役のノミネートがなかったので、もしノミネートされていたら間違いなく女優賞や助演賞に輝いていただろう。
最初は、第7回特別賞を受賞した子役スターと言うよりトップスターである「シャーリー・テンプル」6歳で受賞した。
第17回で「ジェーン・エア」(44)等の作品で「マーガレット・オブライエン」が7歳が大人顔負けの演技力が評価されて受賞した。「若草物語」(49)の末っ子役でも有名。
翌年・第18回で「ブルックリン横丁」(45)の公園で繊細な演技を見せた「ペギー・アン・ガーナー」14歳が受賞した。
第19回で「小鹿物語」(46)でグレゴリー・ペックの息子役を演じた「クロード・ジャーマン」12歳が受賞、森で見つけた小鹿を、無垢な瞳を輝かせる金髪の美少年に世界中にポスターが貼られた。
ハリウッドは子役スターが大好きである。 ジュディー・ガーランドやミッキールーニーなども功績によって特別賞を受賞している。
|

| 80日間世界一周 |
大物映画プロデューサー マイケル・トッド制作「80日間世界一周」
プロデューサー・マイケル・トッドの名が冠せられた「トッドAOシステム」を導入した超大型画面に次々と繰り広げられる冒険物語。
40人以上の豪華ゲスト・スターが登場し、2時間55分の間に世界一周が出来るアイデアが見事に描かれ第29回アカデミー作品賞を受賞。ワイドスクリーン映画初の作品賞受賞である。その他に脚本賞、撮影賞、編集賞、音楽賞の5部門に輝いた。
○気球で空を飛ぶシーンに流れるビクター・ヤングの曲は、世界中で大ヒット!誰もが知っている名曲である。
○当時テレビ攻勢の中、テレビとの友好関係から一転して攻撃に転じた「映画界の風雲児」資金力と行動力を併せ持つトッドが制作した「80日間界一周」(56)にハリウッド人が快哉を叫んだ。テレビとの差別化を図り映画の楽しさを提供した作品でもある。
○原作は「15少年漂流記」「海底二万哩」などで知られる作家ジュール・ヴェルヌ「80間世界一周」の完全映画化。
この映画のキーポイントは「日付変更線」
○記録破りのスケール ・動員したエキストラ数6万9000人(日本のエキストラ3000人) ・衣装数7万4000着 ・動物数34種類、9000頭 ・撮影隊が飛んだ飛行距離60万キロ
○日本のシーンは長め 海から見た富士山が3〜4回使われ、鎌倉の長谷観音や京都平安神宮など
ストーリーや豪華スターの登場は映画をお楽しみに!
エピソード アカデミー賞の受賞式で当時不倫関係にあったエリザベス・ティラーと抱き合って喜んだ 翌年、結婚し第30回の主演女優賞にノミネートされたが表彰式の4日前に・トッドは飛行機事故でなくなり、ティラは授賞式も欠席した。
|

| 西部劇音楽 |
西部劇に欠かせない音楽
西部劇、特にジョン・ウェインの映画に欠かせない映画音楽家「ディミトリ・ティオムキン」は数々の映画音楽を提供しているが、「赤い河」(48)、「紅の翼」(54)、「リオ・ブラボー」(59)、「アラモ」(60)などジョン・ウェインが出演している映画のイメージが強い。「紅の翼」でジョン・ウェインが口ずさむメロディーや決闘シーンの「リオ・ブラボー」など思い出される。
ティオムキンは西部劇映画の音楽が多く1952年「真昼の決闘」1957年「OK牧場の決闘」特になじみが深いのは1959〜1966年のTV放送された「ローハイド」は誰もが口ずさんだ曲である。
戦争もの「ナバロンの要塞」(61)、「北京の55日」(63)、「ローマ帝国の滅亡」(64) その他にも「素晴らしき哉、人生」(46)、「ジャイアンツ」(56)など
アカデミー賞も数多くノミネートされ、アカデミー劇・喜劇映画音楽賞を「真昼の決闘」(52)、「紅の翼」(54)、「老人と海」(58)で受賞。
ゴールデン・グローブ音楽賞は「真昼の決闘」「アラモ」「ナバロンの要塞」「ローマ帝国の熱望」で受賞、「非常の街」「サーカスの世界」で歌曲賞受賞、1955年と1957年の特別賞が送られた。
|

| はーまん |
ヒッチコック作品に欠かせない作曲家バーナード・ハーマン
ヒッチコックの映画の面白さを演出しているのは、音楽が重要な要素のひとつ。
1956年「知りすぎた男」でドリス・ディ「ケセラ・セラ」は誘拐された息子を探す鍵、クライマックスのイギリス首相暗殺シーンは、ロイヤル・アルバート・ホールに於けるロンドン交響管弦楽団を舞台にしている。
ミステリーとロマンス「めまい」(58)では情感あふれる管楽器を使い、異常な殺人を描いている。「サイコ」(60)では白黒作品に合わせたモノトーンの弦楽合奏が、非常な緊迫感を盛上げ、「鳥」(63)では、本編から音楽を排除することで迫力が倍増、「北北西に進路を取れ」(59)ではフル・オーケストラでカラフルな情熱的なファンタンゴなど作品の相乗効果を演出している。
ヒッチコックが音楽を重視していることが分かる、そのすべてをバーナード・ハーマンが担当していた。
二人は10年以上のコンビを組んだが、売れる主題歌をユニバーサル社が求めたためパートナー・シップが壊れた。
ヒッチコックは、その他にも第一線級の作曲家ジョン・ウイリアムスやジョン・アディスンなども使っているが、ヒッチコック作品はバーナード・ハーマンが一番である。
*バーナード・ハーマンの最後の映画「タクシー・ドライバー」(76)、むせ返るような夜の都会の香りに満ちた情感が描かれていた。
|

| 巨匠ニューマン |
20世紀FOX「パンパカパ〜ン」の作曲家 巨匠アルフレッド・ニューマン
ハリウッド映画に燦然と輝く映画音楽家アルフレッド・ニューマン 20世紀FOX映画の始まりで、タイトルロゴをサーチライトが照ら時に流れる音楽「パンパカパ〜ン」は誰でもが知っているが、作曲は映画音楽の巨匠アルフレッド・ニューマンだとは知られていない。
アルフレッド・ニューマンは13歳からブロードウェイでピアノを弾き、17歳で最若年指揮者に、1930年ハリウッドに移り33年に20世紀フォックス社の音楽部長に就任。その後の活躍はハリウッド映画の歴史に残る大作曲者である。
1970年69歳で亡くなるまで250本以上の映画音楽を手がけた。流麗なるストリングスによるロマンティックな楽曲や骨太の力強い楽曲など数多くの曲を残してくれた。
アカデミー賞9個の記録は今でも破られていない。まさにハリウッドの歴史そのものなのだ。
代表作品 「街の灯」(31)、「モダン・タイムス」(36)、 「嵐が丘」(39)、「怒りの葡萄」(40) 「わが谷は緑なりき」(41)、「わが道を往く」(44)、 「荒野の決闘」(46)、「紳士協定」(47)、「赤い河」(48)、 「イブの総て」(50)、「7年目の浮気」「慕情」(55)、 「バス停留所」(56)、「王様と私」「西部開拓史」(62)
|
|
|
|